7月18日から開催の「懇親会」。若いころ、いっしょに労働組合運動でがんばった女性仲間も、いまや足腰が弱って、山登りはおろか、ボランティアもおぼつかない。せめて福島県下に泊って、原発被害で苦しまれている方へ、「連帯のあいさつ」を送りたいとして企画したもの。ただし、私の役はもっぱらアッシー君。一行を宿泊施設に送ると、あとは自由です。
そういうわけで、19日はひとりで、磐梯山に登りました。2000年に「百名山」で登って以来2回目、登山コースはその時と違って「裏磐梯スキー場」からです。前日まで不順な日和が続いていましたが、この日ばかりは快晴。代わりにスキー場を横ぎる約30分は、陽に炙られました。頂上までの所要時間はおよそ3時間半(下山3時間)。頂上は人気の山らしく、多くの登山者が出入りし、頭上では短い夏を惜しむように、赤トンボが舞っていました。
その夜は、喜多方、会津若松を経て、西郷村の快適なペンション「西の郷」に泊りましたが、ペンションのオーナーの藤田氏は元国労組合員で、目下同村の日本共産党村会議員(2期目)。数々の手料理も美味でしたが、泊り客が私ひとりだったこともあって、村議会が「反原発決議」したいきさつなど、遅くまで話し合って意気投合しました。(写真は、磐梯山頂上直下のウスユキソウです)
2012年7月17日火曜日
「北八ッヒュッテ」に滞在中
前回3月に白内障手術をしたことを書きましたが、4月から7月まで歯科通いをつづけて、ブログを書く気にならず、休んでおりました。もっとも、久留米(3月)と佐賀(6月)で行われた「反原発集会」には参加しました。
7月13日、久留米は大雨でしたが、18日から福島で催される、昔の友人たちとの「懇親会」に、カミサンとともに出席するため、ひとまず八ヶ岳山麓の「北八ッヒュッテ」に向けてスタート。14日には尾瀬に寄りたいカミサンを案内して、桧枝岐に行くつもりでしたが、相変わらずの日和で「北八ッヒュッテ」滞在に計画変更、逗留をつづけています。
昨日16日はこちらに来てはじめての好天でしたので、カミサンとふたりで阿弥陀岳に登ってきました。写真は阿弥陀岳の山頂から見た赤岳です。
昨日16日はこちらに来てはじめての好天でしたので、カミサンとふたりで阿弥陀岳に登ってきました。写真は阿弥陀岳の山頂から見た赤岳です。
2012年3月30日金曜日
白内障の手術
3月6日左、13日に右目の白内障手術を行いました。それぞれ30分くらいで終わりましたが、手術に先だって手術着に着替え、点滴針・心電図・血圧計・酸素計などを身に付け、手術台に横たわると緊張感は増し、目の上でメス(?)が動いているのが感じられると、身体がこわばり、自然に力が入りました。怖かったのです。
術後の経過は良好で、視力は0.3/0.5(手術前裸眼左/右)が、1.0/1.2に向上して、ほっとしております。つらかったのは、この間習慣となっているジム行き、山登り、飲酒が御法度になったこと。26日、ようやく解禁となりましたので、三つとも、さっそく再開して普段の生活に戻りました。写真のシダの新芽は3月28日の山行で写しました。
術後の経過は良好で、視力は0.3/0.5(手術前裸眼左/右)が、1.0/1.2に向上して、ほっとしております。つらかったのは、この間習慣となっているジム行き、山登り、飲酒が御法度になったこと。26日、ようやく解禁となりましたので、三つとも、さっそく再開して普段の生活に戻りました。写真のシダの新芽は3月28日の山行で写しました。
2012年1月8日日曜日
息子と2回の山行
「雪山に登る」は、帰省してきた息子のこれまでにない目標で、これに付き合って、1月5日には八女の御前岳(1209m)釈迦岳(1229.5m)を縦走しました。息子は長女にもこの計画を伝えていたとみえ、当日あさ西鉄電車駅で合流、車で登山口の「杣の里」に向かいました。子ども(ふたりとも相当な成人です)といっしょに山登りをするのは初めてのことです。
肝心の雪は、さいわい手ごろな厚さに積り、山頂近くには霧氷も発達していました。ふたりの子どもにとっては初めて見る霧氷です。登山靴にアイゼンを装着して歩くのもはじめてです。息子は長女を思いやって、時々肩やザックに着いた雪をはらってやっています。山行は、ふたりに強い印象を刻んだようです。
1月7日は息子とふたりで、阿蘇山仙酔尾根から高岳(1592m)に登り、中岳(1506m)へ縦走しました。こちらは無風で雲ひとつない好天でしたが、積雪は薄く、アイゼンを装着する機会はありませんでした。しかし、高岳稜線に着くと、息子は私と別れて天狗の舞台と東峰を往復するなど、冬山登山を大いに楽しんだ様子でした。これで息子は、年末の久住登山に加えて、3回の山行を果たし、10日からは仕事に戻りますが、帰省の目的は十分に果たして満足した模様です。
肝心の雪は、さいわい手ごろな厚さに積り、山頂近くには霧氷も発達していました。ふたりの子どもにとっては初めて見る霧氷です。登山靴にアイゼンを装着して歩くのもはじめてです。息子は長女を思いやって、時々肩やザックに着いた雪をはらってやっています。山行は、ふたりに強い印象を刻んだようです。
1月7日は息子とふたりで、阿蘇山仙酔尾根から高岳(1592m)に登り、中岳(1506m)へ縦走しました。こちらは無風で雲ひとつない好天でしたが、積雪は薄く、アイゼンを装着する機会はありませんでした。しかし、高岳稜線に着くと、息子は私と別れて天狗の舞台と東峰を往復するなど、冬山登山を大いに楽しんだ様子でした。これで息子は、年末の久住登山に加えて、3回の山行を果たし、10日からは仕事に戻りますが、帰省の目的は十分に果たして満足した模様です。
昨年から、山道具を息子に徐々に譲ってきて、感じてはいましたが、3回の山行に付きあって、私は自分の衰えをあらためて痛感しました。しかし、ちょうどよい時期に後継者が現われたのは、実にタイムリーだと思います。
写真上は霧氷の釈迦岳、下は雪を付けた阿蘇・高岳の岩稜
2012年1月1日日曜日
持ち出し「家族会」と久住山登山
例年3人の子ども一家が我が家に集まって、「正月祝い」をしてきましたが、今年はカミサンの提唱で、場所は天瀬温泉の貸別荘、日どりは師走30日に変えて「家族会」を実施。子どもの受験を控えている長女一家は、残念ながら参加しませんでしたが、三家族8人が楽しい一夜を過ごしました。私はカミサンの提唱に、当初賛成ではありませんでしたが、会場を持ちだすと、オヤジの出番はめっきり少なく、出席者全員が平等で、のびやかにふるまうところがいいと思ったところです。
31日は、昨年から減量を目的に山登りをはじめた息子が、帰省したこの機会に、雪の久住山を体験したいというので、他の一行はまだ寝ているうちに別荘を出て、旧天瀬町役場で息子の友人と合流したうえ、赤川から久住山に登りました。しかし肝心の積雪は、このところの好天でほとんどありません。代わりに冬山とは思えぬ、無風で目の覚めるような蒼空。九重山域の山々はもとより、阿蘇・祖母・由布などが手に取るように見え、爽快このうえなし。11:20分予定より早く山頂着。息子と友人はこの際、天狗ヶ城と中岳も極めるというので、私は稲星別れから池の小屋に行って、昼飯のカレーうどんを用意し、二人が下山してくるのを待って合流し食後下山しました。
2011年12月27日火曜日
あわただしい師走
12月は大掃除。一間ものの脚立を屋内に持ち込んで、梁や鴨居のすす払い。網戸はすべてカーポートに並べ、石鹸水で洗って水ですすぐ。連日降ってくる落ち葉を拾い、浴室の排水溝は、水枡を取り出してヘドロをさらえる。仕上げは、近くの山で採集してきた、蔓と赤い実を点けた千両の小枝を使って、カミサンが正月飾り用リースにしつらえて、玄関に架ける。
あわただしいのは「原発推進派」の動き。原発被災者は先の見通しが立たなくて苦しんでいる最中で、原子炉はどうなっているかわからないというのに、「原発事故収束宣言」を出す(12/17)。少し前には、ヨルダン・ロシア・韓国・ベトナムへの原発輸出に備えた「原子力協定」の強行する。また、来年度の予算案には、原発立地対策1,388億円、高速増殖炉実用化研究費2,359億円など、4,188億円を閣議決定するなど、暴走に次ぐ暴走です。来年は、これをなんとしても食い止めなくてはなりません。
温かった11月も過ぎて、師走に入ると、当地でもぐんと冷え込むようになり、26日に登った九千部山は右写真のように銀世界でした。
あわただしいのは「原発推進派」の動き。原発被災者は先の見通しが立たなくて苦しんでいる最中で、原子炉はどうなっているかわからないというのに、「原発事故収束宣言」を出す(12/17)。少し前には、ヨルダン・ロシア・韓国・ベトナムへの原発輸出に備えた「原子力協定」の強行する。また、来年度の予算案には、原発立地対策1,388億円、高速増殖炉実用化研究費2,359億円など、4,188億円を閣議決定するなど、暴走に次ぐ暴走です。来年は、これをなんとしても食い止めなくてはなりません。
温かった11月も過ぎて、師走に入ると、当地でもぐんと冷え込むようになり、26日に登った九千部山は右写真のように銀世界でした。
2011年12月6日火曜日
原発で発電した電気は買わぬー城南信用金庫
12月3日付「しんぶん 赤旗」は、東京品川区に本店を置く城南信用金庫が、85の店舗のうち、技術的な問題で困難な店舗を除く77店舗で、東電との電力供給契約を解約し、原発を使わない民間電力会社(PPS=特定規模電気事業者)の電力に切り替えることにしたと報じました。そして「信用金庫は、地域を守り発展させることが原点ですから、電力料金が安くなり、一般のビル、中小企業でも簡単にできる、この取り組みを営業活動の中でも呼びかけ、国民運動として展開したい」(要旨)との同金庫・吉原理事長の談話も伝えました。因みに、同金庫はHPでも、トップページで脱原発を社是とし、地域の中小企業や個人顧客の利益を守り、財テクやマネーゲームに走らないことなどの経営方針を掲げています。
私も城南信金にならって、原発再開・推進に熱心な九電と縁を切り、原発を使わない電気会社に変えたいです。そしてそうはいかないのなら、せめて九電が原発以外で発電した電気を選択・利用できるようにしてもらいたい。
もうひとつ。3.11以後、徐々に明らかになってきたように、各電力会社は、これまで原発を維持・推進するため、政・官・財界・学会・マスコミなどの「原発利益共同体」と原発立地地域に、湯水のようにオカネをばらまいてきました。その原資は、悔しいけれど、私たちの税金と電気料金によっています。
九電から毎月もらう「電気使用量のお知らせ」には、内訳欄に「太陽光発電促進付加金」が記載されいますが、同じように、毎月支払っている電気料金のうち、いくらが「原発関係費」なのか、ユーザーに知らせるのを私は求めます。
おかしいでしょうか?
11月25日は坊主川を辿って金山(967m)へ登り、12月5日は車谷を遡行して脊振山・矢筈峠(910m)に立ちました。両山とも家に近い脊振山域に属しますが、山域の北面、福岡市側は南側と対照的に激しく切れ落ち、清流豊かで魅力的な谷がいくつも走り、その傍に細い登山道が付いています。で、南側の私の住む町からだと、山腹のスーパー林道と稜線近くまで延びている車道を利用して、稜線近くまで車で上がり、いったん福岡市側の登山口まで下り、谷沿いのルートを登りました。両日とも穏やかな天気で、しかも気の置けない古い友人といっしょでしたから、伸びやかな登山を楽しみました。また、山行間隔が短いせいか、膝の具合も比較的スムースでした。
写真は黄金色に輝く、メタセコイヤの紅葉です。12月5日撮影しました。
私も城南信金にならって、原発再開・推進に熱心な九電と縁を切り、原発を使わない電気会社に変えたいです。そしてそうはいかないのなら、せめて九電が原発以外で発電した電気を選択・利用できるようにしてもらいたい。 もうひとつ。3.11以後、徐々に明らかになってきたように、各電力会社は、これまで原発を維持・推進するため、政・官・財界・学会・マスコミなどの「原発利益共同体」と原発立地地域に、湯水のようにオカネをばらまいてきました。その原資は、悔しいけれど、私たちの税金と電気料金によっています。
九電から毎月もらう「電気使用量のお知らせ」には、内訳欄に「太陽光発電促進付加金」が記載されいますが、同じように、毎月支払っている電気料金のうち、いくらが「原発関係費」なのか、ユーザーに知らせるのを私は求めます。
おかしいでしょうか?
写真は黄金色に輝く、メタセコイヤの紅葉です。12月5日撮影しました。
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