2012年8月19日日曜日

「朝日新聞」の購読中止

 毎週金曜日に行われている、首相官邸前デモは17日も実施され、大飯原発再稼働ならびに、原子力規制委員会人事案撤回などを求めて、約6万人が集まりました。3月29日から始まったデモは、通算19回目、延べ90万人が参加したことになると、「しんぶん赤旗」は報じています。

 「私たちはいままで、全国のあらゆる人たちの力をふりしぼって、現在までに780万筆の署名を集めました。それを6月15日に首相官邸に持っていき、藤村官房長官に提出しました。しかし、その次の日、野田政権は大飯原発稼働を決めました。こんな政府はありますか。主権者の声を、民意を、汗と涙によって集めた署名を、踏みつぶして平然としている。このような内閣に、私たちはノーを突きつけたい」(「世界」9月号。「さよなら原発」17万人集会の記録から-集会での鎌田慧氏の発言より)

 少しは「信頼して」50年近くとってきた「朝日新聞」ですが、上のようなニュースは全く報じないか、目立たない隅の方にちょっぴり載せるだけ。逆に、国民の多くが反対したり、懸念している消費税やTPPなどでは、終始野田内閣の尻をたたいて悪政推進側に立ち、「公平」な立場など微塵も感じられません。で、この際思い切って止めました。

 八ヶ岳山麓から、猛暑の我が家に帰って10日。庭や畑は草ぼうぼう。居間のエアコンは故障で、耐えがたい暑さですが、帰省してきた孫と市民プールに行ったほか、最低限の庭の手入れで汗を流しました。庭ではカミサンがばらまいた種から、タカサゴユリ(写真)が開花しているのを見つけ、秋近しのかすかな気配も感じました。エアコン修理には明日来るそうです。



2012年8月12日日曜日

無事帰宅 来年も行きたいな


 高速道路では3ヶ所で事故による渋滞に遭遇しましたが、八ヶ岳山麓から約12時間、10日午前0時15分、ほぼ予定通り、久留米ICを出ました。ただし、数年前から行われている久留米環状線新設工事が、ちょうどIC付近にかかっていて、周囲の様子が1ヶ月前とかなり違っていたので、帰り道の選択に少々とまどいましたが、0時半ごろ無事帰宅しました。

 こちらの暑さにはお手上げです。なにせ、気温は朝から30度前後、北八ッヒュッテとは10度くらい差があり、夜もほとんど涼しくなりません。始終エアコンや扇風機を動かしておらねばなりません。しかし、庭のクヌギやエゴは葉をしこらせ、畑の雑草は伸び放題。出番が待たれているので、ゆっくり休んでいる余裕はありません。


北八ヶ岳の苔

 この夏の山行では、テント装備で島々から徳本峠までの9時間。徳本峠から霞沢岳を往復して、上高地の小梨平まで移動する12時間行動をやりきって、持久力はまだ捨てたものではないことを証明しました。また、ふだん市のトレーニングジムで、大腿四頭筋や腹筋を重点的に強化してきたからでしょう、去年は装着していた腰と両膝のサポーターを完全に外して、支障がありませんでした。


 もっとも、歩行速度は一段と遅くなり、息子には大きく引き離されました。登山道の凸凹には、こけるとこまではいかないものの、つまずくことが多くなりました。また、細い道や丸木橋のように少々デリケートな場所で、バランスを保つのに難儀しました。全体として、膝の柔軟性が欠けてきているようです。これらは加齢によるものらしいので、避けがたいのかも知れませんが、少しでも長持ちさせるために、なんとか努めたいものです。




 





2012年8月9日木曜日

この夏の旅の終わりに


縞枯山の白骨樹

 9日には帰宅する予定にしているので、なるべく新しい食材を買わないようにせにゃ…。5日は麦草峠から、茶臼岳―縞枯山を経て、雨池・八柱山に行くつもりでしたが、雨池峠まで行くと、急にヤル気がなくなって、大河原林道から麦草峠に戻ってきました。でも4時間は歩きました。
 
 歩きながら考えたのが、冒頭のこと。ふだんは山の帰りに、8Kばかり車で下って、スーパーに寄り、何か買って帰っていましたが、この日は帰り道にある豆腐屋で厚揚げと青豆豆腐を買って帰り、厚揚げを焼き、擦りしょうがとかつお節をかけてビールのアテとし、冷凍庫に保存しているにぎり飯に(ごはんは一回に3合炊いて、4・5個のにぎり飯にして保存しています)、作り置きのしょうゆ麹を乗せて焼き、「五平餅もどき」にしていただきました。

 「孤食」で厄介なのはキャベツ・大根・白菜などの大型野菜。同じ野菜料理ばかり繰り返すわけにはいかぬので、一個丸ごと買うとなかなか終わらない。そうすると、件の野菜は萎びてきて、いよいよ使う気にならなくなります。だから、買わないことにしているのですが、先日来荘した息子夫人が、きゃべつ1個ほぼ丸々置いていったので、4・5回使いましたがまだ残っています。



北八ッの黒い森
  6日は立秋で、これまで以上に冷え込んで風邪をひき、咳や鼻水が出る、のどががらがらして痛いので、予定していた最後の山行はキャンセル。地元の病院で薬をもらって飲み、今日はいくぶん和らいでおります。午後、九州に向かって車を走らせ、午前0時久留米ICを出る予定です。約1ヶ月におよんだ山の旅もこれで終わります。

 

2012年8月4日土曜日

苔が美しい北八ヶ岳

昨日3日も抜けるような青空。朝6時半、麦草峠の駐車場に車を止め、白駒池―にゅうー中山―高見石―丸山―麦草峠と歩いてきました。6時間かかりました。

 このコースは、うす暗い針葉樹の森と、林床のさまざまな苔がつとに知られていますが、HP(http://www.kitayatsu.net/)によれば、日本蘚苔学会によって、「日本の貴重なコケの森」のひとつに選定されている由。新しい説明板も要所に立てられていましたので、これを読みながら歩きました。

 にゅうは、大樹海のなかににょっきり聳えている岩塔ですが、この日は富士山をはじめ360度の大パノラマが楽しめました。

 さて、「フェイスブック」の友人・高瀬さんは、原発に反対し、昨夜も官邸周辺のデモに参加し夜遅く帰宅したことや、アメリカの西海岸で高度の放射能が確認され、マグロ漁が禁止になり、将来損害賠償訴訟が起こされるかもしれない、というニュースをシェアしています。私が涼しいところで、連日遊んでいるのは、いささか後ろめたい気がしないではありません。


 写真上は朝の白駒池、下は倒木の上から芽を出した幼木です。なお、先日ベランダで死んでいた小鳥の名前を訊ねましたが、その後PCで調べてみると、キツツキの仲間のコゲラではないかと思いました。

2012年8月2日木曜日

「夏らしい夏」が戻ってきた

 7月31日。紺碧の空、強い日差し。塩嶺峠を越えると、谷筋に残雪が残る北アの山々もはっきりのぞまれます。この日は、健ちゃん(甥)お薦めの、北信の「カヤの平」に行ってみました。

 志賀高原と境を接する「カヤの平」の高度はおよそ1500m。周りにブナの巨木が群生していることと相まって、涼しい風が渡ってきます。歩きやすい、整備された歩道を伝って、北に緩やかに登ると、「北ドブ湿原」と称する地糖があり、綿スゲ・キスゲ・シモツケなどが咲いていました。辺境にあるためでしょうか、人が少なく静かなたたずまいです。私も勧めます。

 8月1日。昨日と同じく快晴。この夏不順だった日和も、どうやら落ち着いてきたよう。ただし、放射冷却で明け方の気温は18度、布団が離せません。5時に起きて、朝食を終えると、桜平から根石岳に登り、昼前に帰ってきました。

 帰荘してベランダに面しているガラス戸を開けると、足元に小鳥が1匹死んでいました。誤ってガラスに衝突したのでしょう、左目に血糊が付いています。写真を撮ってから、戸外の土に埋めてやりました。小鳥の名前はなんというのか、写真を載せますから、ご存知の方は教えてください。 

 ヒュッテの周りに自生している、フキを採って作った「きゃらふき」は、客人達にも好評でしたが、このほど作り置きを食べつくしたので、改めて作りました(3回目)。しかし、前には5時間以上かけていたのを3時間に省略、砂糖で炊き過ぎたため、貧相な出来栄えで失敗、自分の酒の肴にしています。

 

2012年7月30日月曜日

「反原発のうねり」継続

昨日の昼、ヒュッテのオーナーをはじめ、5人の客人が全員離荘したので、八ヶ岳山麓の「北八ッヒュッテ」に残ったのは、私ひとりで静かになりました。

 霞沢岳から降りてきて4日間、オーナーや客人と飲んだり食ったりの日を送ったので、今日はこれを機にネジを締め直そうと5時起床、八ヶ岳登山に出かける予定のところ、起きてみると、周りの森には乳色のガスが立ち込め、ベランダは雨で湿っています。NHKTVで天気予報を確かめると、「中信は午前晴、午後と夜は雨、山沿いは雷雨」の予報です。

 「午前」が当たっていないのだから、これは信用できない、と7時少し前、山道具を積み車に乗って少し走ると、雨がフロントガラスを濡らし始めました。で、とうとうUターン。しかし、その後の日和は、昼前から良くなる一方で、NHKにひと言いたいところです。

 さて、この夏、ヒュッテに来て「フェイスブック」を教えてもらって開設し、さっそく友人になったTさんの情報には(ヒュッテで会ったナマのTさんは「万年青年」の印象あり)、「原発情報」が幅広くカバーされているので、毎日これを閲覧していますが、昨日は「日本に『緑の党』」発足」、今日は「反原発国会包囲デモ20万人」の情報です。「反原発も猛暑がつづけば下火になる」という評論家もいますから、これをはね返すために、ともにがんがりましょう。

 写真は霞沢岳のシナノキンバイ

2012年7月27日金曜日

島々から徳本峠に、峠から霞沢岳へ

 登山黎明期、「日本アルプスの父」といわれるウエストンが上高地をめざした、松本市郊外の島々から徳本峠(2,140m)への道。近年、徳本峠から登山道が切り開かれるまで、一般登山者を寄せ付けなかった2,645mの霞沢岳。私は両方とも登ったことがありませんでしたが、数年前から、山登りに熱をあげている息子が、この夏どうしても登ろう、しかもテント持参でと誘うので、腰をあげました。

 7月24日午前6時40分、幕営用具は息子が持っているとはいえ、肩に食い込むザックを背負って島々をスタート。島々と徳本峠間16㌔。峠の直近まで、水勢がごうごうと衰えない川べりにつけられた細いトレイル。水辺から離れるフィニシュを除けば、高度差1,410mと距離に比して穏やかで、巨木の森に付けられた、清々たるルートを約9時間歩き、15時20分、ようやく徳本峠に到着。明神と穂高連峰に展望が開けているはずですが、残念ながら、ガスで下半身がうすくみえるだけです。

 徳本峠は、最近NHKTVで紹介されたこともあって、小屋もテント場もけっこうなにぎわいです。私たちは、さっそくテン場の片隅に古いテントを設けて一息つきました。
 翌朝、4時起床、4時40分スタート。薄雲は延びていますが、まずまずの日和です。4時間近くかけて、ぬかるみがちな登山道の、200m~300mのアップダウンを3度繰り返し、ようやく山頂を間近にのぞむK1到着。ここからやせ尾根を歩いて、9時40分、とうとう山頂に着きました。明神と穂高を間近にのぞみ、360度さえぎるものない展望です。登りの苦労も一気に吹き飛びました。

 しかし、下りは上り以上の難儀つづき。息子はひと足早くテントを撤収するといって先行し、私はひとり、息子に1時間くらい遅れて、13時30分ごろテン場着。缶ビールを1本飲ませてもらうと、先行した息子を追って、明神から小梨平キャンプ場を目指します。朝のスタートから約12時間の16時30分、ようやくさわやかな風が渡り、生ビールが飲め、入浴もできる、森の中の快適なキャンプ場で、苦しい歩きと、重いザックから解放されました。

 翌26日、息子は3時に起きて焼岳に出かけましたが、私はテントキーパーに徹し、行き交う登山者や観光客を見学したり、隣に設営した群馬と神奈川の登山者とおしゃべりして過ごし、18時には八ヶ岳山麓の「北八ッヒュッテ」に戻り、霞沢岳登山にエンドマークを印しました。