2013年4月24日水曜日

映画「舟を編む」を観て来ました


 カミサンと、三浦しおん原作の映画「舟を編む」を観に行きました。原作本が2012年の「本屋大賞」を受賞した時、辞書を編集するのは、舟を編むことに似た骨の折れる仕事という趣旨の紹介を読んで、聞きなれないいい回しと思って関心を持っていたので、カミサンの誘いにふたつ返事で出かけたものです。映画では、辞書「大渡海」を出版されるまでの15年が丹念に描かれますが、興味深かったです。

シロモジの花ー4/15九千部山
 さて、先日は使用済み核燃料プールの冷却停止。それが片付いたら、地下貯水槽からの水漏れ、冷却装置停電。福島原発では、いまもって綱渡りの収束作業が行われていますが、安倍首相は「事故の経験と世界的知見を生かして世界最高水準のルールを作って行く」(23日参院予算委での答弁)と豪語し、再稼働にむけてひた走っています。

 一方、原発事故から2年経ち、巷間「風化」がささやかれているなか、忘れないために読み始めた、東京新聞こちら特報部編著「非原発」-『福島』から『ゼロ』。なにせ、上下2段1250pの大冊ですから、容易ではありませんでしたが、一昨日ようやく読み終えました。

 この本は、今に至るも収束できない、深刻な事故現場の様子、被災者の言語に絶する苦しみ、内部被曝などにおののく子持ちの母親たち、無責任な国や東電のあり様などを克明に記録しているほか、救援のために、身を削って活動する学者・医療従事者・自治体職員や個人を描いて胸を打たれます。

リンドウのなかまー4/15九千部山
 また、「新日本原発紀行」と銘打って、日本全国の原発や新規建設予定地、「核燃基地・六ヶ所村」のルポルタージュ、「脱原発のココロ」と題して、脱原発で活動している人を紹介するとともに、国際的な活動や意見も紹介して、原発問題を幅広く鳥瞰視するのに、大いに役立ちました。そのうえ、すべて新聞に掲載されたものですから、各記事は、短く分かりやすく書かれているので助かったところです。

 10日ほど前の15日には九千部山に登りましたが、大木ブナの梢にはちいさな萌黄色の幼葉が春風に揺れていました。またシロモジやリンドウもそちこちで見かけました。春本番です。また、おなじ日には、あたりかまわず貼られたテープをはがして来てブログ&fbに載せて、貼られた人に呼びかけましたが、今日まで応答はありません。なお、上の始末は、鳥栖市役所にも通知しました。


2013年4月16日火曜日

むちゃくちゃ 登山道のテープ


 写真は、九千部山の縦走路約3Kに付けられていたナイロンテープ。あまりにひどいので、昨日(15日)私が外してきて、持ち帰ってきました。

 九千部山と石谷山を結ぶ縦走路は、多様な樹木に囲まれ、緩やかなアップダウンのつづく、気持ちの良い縦走路です。「九州自然歩道」にも指定されて、多くの登山者に親しまれています。踏み跡は明瞭で、道迷いの因になるわき道もありません。公のしっかりした木製道標や案内板も500m以内に立っています。

 それにもかかわらず、件のテープは縦走路の両側にある樹木の3mから10m間隔に、途切れることなく取り付けてありました。なかには公の道標の傍や、すでにテ-プが付けてある樹木にも付けてあります。しかも、テープ裾を20㎝くらい延ばしてあり、風にひらひら舞っています。まるで商店街の売り出し飾り付けのようです。かけがえのない景観をおびただしく損ねています。

 真意は解りませんが、取り付けた人は、テープが景観を損ねることや、無断で国有林に手を加えている事の無法に気づかないのでしょうか。もし、このブログやフェイスブックをご覧になったら、釈明を求めます。また、私は御手洗滝と雲野尾峠分岐から四阿屋方向に進みましたので、御手洗滝側に残っているように見えた、テープを即刻除去されるように望みます。

2013年4月12日金曜日

草むしり 粗方終える


ヤマザクラー4/9 九千部山

 4月1日から始めた畑の草むしりは、8日までに7回、約10時間行って粗方おわり、なんとか格好がつきました。いま思うと、3月じゅうにとりかかっていれば、もっと楽にできたろうということです。後悔先に立たずですね。

 そこで10日には、カミサンといっしょに大川市の友人を訪ね、同市の浄水場の汚泥から作ったという、畑で使う肥料を分けてもらい、帰途「エコタウン」で知られる大木町の道の駅で、トマト・きゅうり・茄子の苗を購入して、11日にはさっそく植えて肥料を施しました。畑では、カミサンが先に植えたジャガイモが芽を出しており、ソラマメには薄紫の花がびっしり着いています。収穫するまでには、さまざまな仕事がありますが、それはそれで楽しいものです。

アオキの実ー4/9 九千部山
 また、9日には草むしり慰労目的で、ひとりで九千部山に登りました。3月28日以来ですが、灌木には目に優しい薄みどりの葉が生え、アオキは赤い実をたゆらせ、ヤマサクラがそちこちで白い花を広げていました。なにより、まぶしい陽ざしが降り注いで、冬が終わったことを告げていました。

 先日、原発事故発生の2011.3月から翌年3月末までのほぼ毎日、東京新聞が「特報面」に掲げた記事のうちの385本をまとめた、東京新聞・こちら特報部編著『非原発―『福島』から『ゼロ』へ』(2013.1.15発行)を購入しました。上下2段組み1250Pの辞典のような厚さで、寝転んで読んでいると、腕が強張って長く続けられませんので、まだ読み終わっていませんが、大手新聞がことごとく、安倍首相の悪政の先導役が勤めているなかで、真実を伝える希有なジャーナリズムがある、と少々意を強くしています。フクシマを忘れないためにも、読まれるようお薦めいたします。


2013年4月1日月曜日

畑の草むしり


 「出番ですよ」。3月の中頃から、カミサンに畑の草むしりをするようにせっつかれていたのだが、ぐずぐずしているうちにとうとう4月である。これ以上延ばせない、と自分に言い聞かせ、身支度をして畑に行った。

九千部山のアオキ
 畑は一面雑草の海である。例年、この時期にはホトケノザが多いのだが、今年はどういうわけかホトケは少なく、カラスノエンドウがあちこちで巻き髭を延ばして立ち上がっている。草除けシートを敷いたあぜ道では、シートを穿ってドクダミがのぞいている。カミサンが育てている虎の子のソラマメは沈没寸前だ。

 さっそく、草取り鎌とシャベルを交互に使って、約90分奮闘したが焼け石に水。カラスノエンドウはマメ科の植物だから、我が家の無農薬栽培畑には良い肥やしなるに違いない、明日以降、当分通わなくちゃと思いながら帰宅した次第。

 先日、大島堅一著「原発はやっぱり割に合わない」(東洋経済新報社2013.1発行)を読んだ。この本には、帯に書かれているように、「原発は最も安い発電方法か?」「脱原発で日本経済は悪くなるのか?」「税金や電気料金からどれだけ原発に回されているか?」「賠償や除染はどうなるのか?」「再生可能エネルギーはあてにならないのか?」など、原発と原発事故の直面する問題について書かれている。なによりの特徴は、やさしくて分かりやすいことである。私はこれまで数多の原発本を読んできたが、私のような素人には、この本が一番と思う。

九千部山のツバキ
 なお、大島氏は立命館大学教授で、経産相のエネルギー関係の諮問委員会委員などを勤められていたが、安倍政権になって、これらの委員会からはずされたとのニュースもある。また、同氏は「原発銀座」といわれる福井県出身で、子どものころから原発は身近な存在であったが、19才の時チェルノブイリ原発事故が起きて、原発問題を深く考えるようになった、とこの本のはしがきにある。
 
 ついでにもうひとつ。目下、我が国の将来を決めるとして、政治の焦点のひとつとなっているTPPについて、東京大学大学院の鈴木宣弘教授が「世界」4月号に「許しがたい背信行為-この国に未来はあるのか」を書いておられる。教授は「TPP反対を公約にし、全国の地域の期待を集めて登場した自公政権が、舌の根も乾かに内に、もう約束を反故にしよう」としていることについて、「TPPに賛成か反対かを超えて」糾弾されている。その筆力がすざましい。私はこの一文にもいたく感じたので、記しておきたい。

2013年3月22日金曜日

首相の見識が問われる


我が家では、少し前からアセビが釣鐘状の白い花をつけ、エントランスではツルニチニチソウやボケが、みどりの葉蔭にひっそりと花弁を広げています。一日おきにトレーニングジムや買い物に行っていますが、行く先ざきでは満開の桜に出会います。春真っただ中にいるのを実感しています。

さて、NHKTVは「東日本大震災」から2年の3月11日前後に、大震災と原発災害に関連したドキュメンタリーの数々を放映して、復興・復旧の困難と、今なお続く被災者の苦しみを伝えました。私はこれらの映像を見て、国はなにをさておいても、被災者の苦しみを和らげるために国をあげて被災者に寄り添い、復旧・復興を第一の課題として取り組むべきだと思いましたが、安倍首相はそちらにはさほど関心がなさそうで、その言動は財界とアメリカ第一。やっている事は、まるで国民の実情に合ってないと感じました。

まず、原発のこと。福島第一では、数日前にも停電で使用済み燃料プールの冷却が長時間停止しましたが、停電の原因は配電盤にネズミが入って、電気回路がショートした可能性が高い由。しかも、問題の配電盤は原子炉建屋近くに止めたトラックの荷台上に、原発事故の後仮設されたもので、まさに応急処置。このほか、汚染水の置き場もあと2年、と急を告げているそう。収束・廃炉には10年以上かかるといわれているのに、このような仕事で大丈夫でしょうか。

このように「収束」にはほど遠いなか、首相は「日本の原発は安全」といいつのり、原発輸出や再稼働にやっきとなっているように見受けられますが、私は次世代にツケを残さぬため、原発が大飯を除いて停止しているこの機会に、「原発ゼロ」を決定、再生可能エネルギーへの転換を行うべきだと思います。

また、3党合意の消費税実施は震災復興や経済再生について障害になるのは明らかなのに強行の構え。多数の自治体・団体が反対や慎重行動を求め、先の総選挙では党としても条件付きながら反対を公約し、自民候補の6割以上が反対を掲げたTPPについて加盟を表明。沖縄県民があげて反対している辺野古湾空港新設やオスプレイ配置についても強行。どこの国の首相なの?と問いたい。 


だいいち安倍氏は、現憲法はアメリカ占領軍に押しつけられたものだから改正すべきと、事あるごとに主張してきましたのに、TPP・空港建設・オスプレイ、それに念願の9条改正、すべてアメリカの「押し付け」によるものではないですか。首相の見識が問われます。

2013年3月12日火曜日

東日本大震災から2年


 暖かい日和がつづいたせいで、ご近所のモクレンが純白の大きな花を広げ、周りが急に華やかになりました。

 3月11日は、18,000人余の死亡・行方不明者をはじめ、未曽有の被害をもたらした「東日本大震災」から2年でした。しんぶん「赤旗」の「被災者300人実態調査」は、住まいや雇用・生業の再建はほとんど進んでおらず、長期化した避難生活で、5割以上の人が体調不良を訴えていると報じています。



 
 これに輪をかけて住民を苦しめているのが原発事故。「東京新聞」は「原発関連死」は789人にのぼると報じていますが、県内外に避難している人は今も16万人で、少しも減っていません。一方、昨年「収束宣言」が出された事故現場では、3,000人もの人が収束・廃炉作業に当たっていますが、爆発した原子炉はひきつづき放射能を飛散させつづけ、敷地内に林立する大小800のタンクに溜めている高濃度汚染水はすでに27万トンに達して、タンクを増設しても、あと年で汚染水置き場が無くなると指摘されています。「収束」どころではありません。
 
陸前高田市の戸羽市長は「一番の問題は被災者に寄りそう(国の)政治がやられていないこと」と批判していますが、消費税増税やTPP交渉参加などより、真っ先に、実のある復興支援を行うことが政治に求められています。また、原発については「収束」決定を取り消し、収束と廃炉の仕事に全力を傾けねばなりません。
 
 3月9.10日、東京をはじめ全国各地で、原発をなくそうの声が広がりました。私も妻といっしょに当市で行われた「0310原発ゼロ☆くるめ大行動」集会・パレードに参加して、「原発いらない」の声をあげてきました。妻は黒いごみ袋に首と手を出す穴を開けて着込み、私は山登りスタイルです。

2013年3月7日木曜日

子どもの未来を台無しにする原発反対

鳥栖山岳会が昨年立てた道標

 20日以上悩まされてきた頭痛が、山のガスのように徐々に消えていく。首回りや右上腕の凝りも、潮が引くように薄れてさわやかだ。気力が満ちてくるのも分かるよう。

 6日はさっそく定番九千部山行き。登山道の褐色の落ち葉に春の陽光が燦々と降り注ぎ、先月初めまで、岩陰や木の下に残っていた雪は、もうどこにも見当たらない。山頂の温度計は12℃、ほてった体に当たる風が心地よい。灌木には赤いつぼみがふくらみ、寒い間葉を落としていた躑躅は、小さなかわいい葉を広げ始めている。山頂原生林の芽だちはもう少しあとだが、梢がこれに備えて、背をぴんと伸ばし始めているのが分かる。登山口スタート7:40、下山12:10。いつもより1時間近く早いが、これも頭痛快癒効果!

庭のツバキ満開
 3日は市内で催された「原発避難者の話を聞く会」(正式名称は別)に行く。3人の避難者のうちのひとりは、東京から避難してきた、幼い子ども2人をかかえたご婦人(ファイナンシャルプランナー職)で、次のような話には胸をつかれた。「福島で実施された子どもの甲状腺被曝検査で、数人の子どもは甲状腺がんの判定を受けましたが、この子どもたちはこの先学校・就職・結婚で、つまりは生涯を通じて、重いハンディを背負うことになります。そのような子どもが、これからうんと増えていくでしょう」(要旨)

 原発はひとの命、就中こどもの未来を台無しにする! 私は、原発の大半が止まっている、この機会にすべての原発を廃炉にするのが、もっとも現実的だと改めて思う。大したことはできないので、全国の行動に呼応して、当市で10日に行われる「原発ゼロ☆くるめ大行動」に私は参加するつもりである。



 狭い庭のツバキは満開、クリスマスローズが花をつけて、少しずつ華やかになってきました。近いうちに、寒い間敬遠していた畑に出かけ、草むしりをせねばなりません。