2011年4月21日木曜日

「登山寿命」・原発の耐用年数




 去年は、弟と木曽駒に下から登りました。上り7時間で山頂に立ち一泊、翌日下り6時間の道行です。 これですっかり自信を回復したつもりでしたが、今年に入るとさっぱり! 往復日帰り5時間を超えると、翌日以降、腰や膝が痛むようになりました。このため、病院で治療を受けたほか、すっかり出不精になって、ここのところ、山行は月1・2回、ライトな登山に限られています。

 昨日は久しぶりに近くの九千部山に登りました。3時間半で終わったせいで、気分は快適です。しかし、「山行寿命」が終わりかけているのは間違いないと自覚して、このところ、山道具を少しずつ整理しています。

 さて、福島原発についてです。「朝日新聞」が4月16.17日に実施した定例世論調査で、「原子力発電は今後どうしたらよいか」の質問には4つの選択肢があり、「増やす」5%、「現状程度」51%。対して「減らす」は30%、「やめる」は11%。2007年調査に比べて、「減らす、やめる」がやや増加したとはいえ、依然「増やす、現状」が過半数。少々驚きました。



 その原因は、マスコミ等での原発の危険性や、「代替エネルギー」の可能性についての報道・解説が圧倒的に少ないのに対して、「推進派」が大規模・執拗に振りまいている「安全神話」や、原発を減らしたり止めたりしたら、電力不足が生じて、社会と暮らしが立ち行かないという宣伝。

 上に書いた「登山寿命」でふと思い出したのは、「原発の寿命」。福島原発の1号機は、営業運転を開始して、すでに40年を経過しています。当初、原発は高温高圧、高い放射線など、過酷な影響を受けるので、「耐用期間」30年といわれていました。しかし、時期が来て廃炉にするには膨大な費用がかかるので、延ばし延ばしで使っているので、いつ大事故を引き起こしてもおかしくないという学者もおられます。そうした30年超の老朽化した原発は、国内で現在稼働中原発54基のうち、19基です。この点からも、原発は否応なく「減らす、やめる」方向に向かわざるを得ないのではないでしょうか。










 写真上は、4月4日脊振山へ向かう途中の桜。下は、20日九千部山山頂のコブシ。

2011年4月14日木曜日

小量・地域分散型エネルギー政策


 昨年5月、カミサンといっしょに四国の山を訪ねた際、愛媛県と高知県の境にある、山あいの梼原町(ゆすはらちょう)の民宿で一泊しました。外国人が同町に住み、地元の和紙や流木を使って、照明器具などを作っているのをTVで見ていたので、山行のついでに行ってみたのでした。しかし山深いところで、山行を終えて向うには、町営温泉で入湯し、民宿に辿りつくのが精一杯。「工房」行は断念しました。  

 4月11日付「しんぶん 赤旗」によれば、その梼原町は人口約4千人の林業中心の町で、5.8%の個人住宅が太陽光で426kwを発電、庁舎など公共施設と合わせた発電量は865kw。ほかに、県境の山頂で風車を回したり、梼原川の段差を利用して毎時53kwを出す水力発電所を設けるなど、太陽・風力・水力の自然エネルギーを電気に変えている、先進的な「環境の町」らしい。  

 そのうえ刮目すべきは、町の91%を占める森林の活用。町は上の売電益の一部を森林組合に投入し、50人ほどの組合員が、9年間でほぼ必要な間伐を実施。これまで使われなかった木材は、町や森林組合の工場で「木質ペレット」に加工し、公共施設の冷暖房で利用し、余分は町外にも出荷していると伝える。  

 町長は「町にある資源を生かして、住民の利便性向上につなげる『共生と循環社会』が目標」と語り、担当の町参事は「2050年までに、温室効果ガスの排出量を90年比で70%削減し、自然エネルギーによる電気自給率100%をめざす」というから、その志にこころから声援を送りたくなります。  

 福島原発の甚大な危機は依然続いて、収束の目途も立っていないのに、「環境のために原発は必要」「コストでいえば原発」などの声がちらほら聞こえてきますが、上の表のように、原発の国内立地は全国に広がっており、「フクシマ」はどこでも起こる可能性があります。(図をクリックすると、大きくなります) 

 私は今こそ原発依存から抜け出し、地域再生とリンクした、再生可能エネルギー中心の「小量・地域分散型」(「地産地消型})のエネルギー政策を目指して、舵を切るべきだと思ったところです。