2012年7月30日月曜日

「反原発のうねり」継続

昨日の昼、ヒュッテのオーナーをはじめ、5人の客人が全員離荘したので、八ヶ岳山麓の「北八ッヒュッテ」に残ったのは、私ひとりで静かになりました。

 霞沢岳から降りてきて4日間、オーナーや客人と飲んだり食ったりの日を送ったので、今日はこれを機にネジを締め直そうと5時起床、八ヶ岳登山に出かける予定のところ、起きてみると、周りの森には乳色のガスが立ち込め、ベランダは雨で湿っています。NHKTVで天気予報を確かめると、「中信は午前晴、午後と夜は雨、山沿いは雷雨」の予報です。

 「午前」が当たっていないのだから、これは信用できない、と7時少し前、山道具を積み車に乗って少し走ると、雨がフロントガラスを濡らし始めました。で、とうとうUターン。しかし、その後の日和は、昼前から良くなる一方で、NHKにひと言いたいところです。

 さて、この夏、ヒュッテに来て「フェイスブック」を教えてもらって開設し、さっそく友人になったTさんの情報には(ヒュッテで会ったナマのTさんは「万年青年」の印象あり)、「原発情報」が幅広くカバーされているので、毎日これを閲覧していますが、昨日は「日本に『緑の党』」発足」、今日は「反原発国会包囲デモ20万人」の情報です。「反原発も猛暑がつづけば下火になる」という評論家もいますから、これをはね返すために、ともにがんがりましょう。

 写真は霞沢岳のシナノキンバイ

2012年7月27日金曜日

島々から徳本峠に、峠から霞沢岳へ

 登山黎明期、「日本アルプスの父」といわれるウエストンが上高地をめざした、松本市郊外の島々から徳本峠(2,140m)への道。近年、徳本峠から登山道が切り開かれるまで、一般登山者を寄せ付けなかった2,645mの霞沢岳。私は両方とも登ったことがありませんでしたが、数年前から、山登りに熱をあげている息子が、この夏どうしても登ろう、しかもテント持参でと誘うので、腰をあげました。

 7月24日午前6時40分、幕営用具は息子が持っているとはいえ、肩に食い込むザックを背負って島々をスタート。島々と徳本峠間16㌔。峠の直近まで、水勢がごうごうと衰えない川べりにつけられた細いトレイル。水辺から離れるフィニシュを除けば、高度差1,410mと距離に比して穏やかで、巨木の森に付けられた、清々たるルートを約9時間歩き、15時20分、ようやく徳本峠に到着。明神と穂高連峰に展望が開けているはずですが、残念ながら、ガスで下半身がうすくみえるだけです。

 徳本峠は、最近NHKTVで紹介されたこともあって、小屋もテント場もけっこうなにぎわいです。私たちは、さっそくテン場の片隅に古いテントを設けて一息つきました。
 翌朝、4時起床、4時40分スタート。薄雲は延びていますが、まずまずの日和です。4時間近くかけて、ぬかるみがちな登山道の、200m~300mのアップダウンを3度繰り返し、ようやく山頂を間近にのぞむK1到着。ここからやせ尾根を歩いて、9時40分、とうとう山頂に着きました。明神と穂高を間近にのぞみ、360度さえぎるものない展望です。登りの苦労も一気に吹き飛びました。

 しかし、下りは上り以上の難儀つづき。息子はひと足早くテントを撤収するといって先行し、私はひとり、息子に1時間くらい遅れて、13時30分ごろテン場着。缶ビールを1本飲ませてもらうと、先行した息子を追って、明神から小梨平キャンプ場を目指します。朝のスタートから約12時間の16時30分、ようやくさわやかな風が渡り、生ビールが飲め、入浴もできる、森の中の快適なキャンプ場で、苦しい歩きと、重いザックから解放されました。

 翌26日、息子は3時に起きて焼岳に出かけましたが、私はテントキーパーに徹し、行き交う登山者や観光客を見学したり、隣に設営した群馬と神奈川の登山者とおしゃべりして過ごし、18時には八ヶ岳山麓の「北八ッヒュッテ」に戻り、霞沢岳登山にエンドマークを印しました。






2012年7月23日月曜日

磐梯山に登る

7月18日から開催の「懇親会」。若いころ、いっしょに労働組合運動でがんばった女性仲間も、いまや足腰が弱って、山登りはおろか、ボランティアもおぼつかない。せめて福島県下に泊って、原発被害で苦しまれている方へ、「連帯のあいさつ」を送りたいとして企画したもの。ただし、私の役はもっぱらアッシー君。一行を宿泊施設に送ると、あとは自由です。

 そういうわけで、19日はひとりで、磐梯山に登りました。2000年に「百名山」で登って以来2回目、登山コースはその時と違って「裏磐梯スキー場」からです。前日まで不順な日和が続いていましたが、この日ばかりは快晴。代わりにスキー場を横ぎる約30分は、陽に炙られました。頂上までの所要時間はおよそ3時間半(下山3時間)。頂上は人気の山らしく、多くの登山者が出入りし、頭上では短い夏を惜しむように、赤トンボが舞っていました。

 その夜は、喜多方、会津若松を経て、西郷村の快適なペンション「西の郷」に泊りましたが、ペンションのオーナーの藤田氏は元国労組合員で、目下同村の日本共産党村会議員(2期目)。数々の手料理も美味でしたが、泊り客が私ひとりだったこともあって、村議会が「反原発決議」したいきさつなど、遅くまで話し合って意気投合しました。(写真は、磐梯山頂上直下のウスユキソウです)

 

2012年7月17日火曜日

「北八ッヒュッテ」に滞在中

前回3月に白内障手術をしたことを書きましたが、4月から7月まで歯科通いをつづけて、ブログを書く気にならず、休んでおりました。もっとも、久留米(3月)と佐賀(6月)で行われた「反原発集会」には参加しました。 

 7月13日、久留米は大雨でしたが、18日から福島で催される、昔の友人たちとの「懇親会」に、カミサンとともに出席するため、ひとまず八ヶ岳山麓の「北八ッヒュッテ」に向けてスタート。14日には尾瀬に寄りたいカミサンを案内して、桧枝岐に行くつもりでしたが、相変わらずの日和で「北八ッヒュッテ」滞在に計画変更、逗留をつづけています。

昨日16日はこちらに来てはじめての好天でしたので、カミサンとふたりで阿弥陀岳に登ってきました。写真は阿弥陀岳の山頂から見た赤岳です。