2011年6月28日火曜日

梅雨の中休みをねらって 草むしり






 当地の「梅雨入り」は6月5日でしたが、南九州が梅雨入りした5月23日以降は雨続き。6月下旬には「大雨洪水警報」も出ました。これでは、山登りも畑仕事もお手上げで、この間は、トレーニングジム通いの外は、主に家で本を読んで過ごしていました。






 このようななか、6月24日は青空がのぞきましたので、久しぶりに畑に行ってみると、想像してはいましたが、一面雑草の海です。種を播いてもいないかぼちゃもあちこちとぐろをまいて、数少ない作物を覆っています。さっそく、草むしりにとりかかりましたが、難敵-ドクダミ・メヒシバ・ヤブガラシ・ハマスゲも立ちはだかっています。蚊を防ぐため長袖シャツを着用しているのも暑苦しい限りです。しかし、翌25日にも作業を続け、ようやく見られるところまでこぎつけました。






 写真のように、庭ではノウゼンカズラが咲き始めました。暑い夏がやってきました。

2011年6月7日火曜日

欧州で原発撤退の流れ











 エントランスの石畳にヒメシャラの花弁が散り敷いています。 アジサイは庭の片隅で咲き始めました。(右写真)近くの水田にはなみなみと水がはられ、早苗が風になびいています。当地もいよいよ梅雨入りです。





 原発事故から3ヶ月が過ぎました。しかし、現場の危機はつづいて、収束の目途はなお立っていません。同時に、外部に放出された放射性物質を抑える手段はなく、どこまで広がるかも分からず、その影響は将来に亘って危害をおよぼす可能性があり、地域社会の存続さえ危うくしていることも明らかになりました。福島県の酪農家が、乳牛を処分し「原発がなければ…」と書いて、堆肥舎で自殺したという痛ましいニュースも報じられました。人と原発は共存できないのです。





 一方海外、ことに欧州では、ドイツのメルケル首相が「日本のような技術の高い国でも、原発の危険はコントロール不可能だ」と述べて、同国の17基の原発を2022年までに全廃し、自然エネルギーに置き換えていくことを決めました。イタリアは、原発を復活するかどうかの国民投票で、圧倒的多数が復活に反対、「原発さよなら」(ベルルスコーニ首相)を決め、同じくスイスは、原発リスクや解体費用などを考慮すると、自然エネルギーの方が経済的に勝るとして、2034年までに原発全廃を決めました。





 このように、「フクシマ」は世界に大きな衝撃を与えました。ところが、政府・民主党は「最高水準の原子力安全をめざして取り組む」と主張して、原発依存に固執しています。自民党の幹事長は、イタリアの脱原発を「集団ヒステリー」と嘲りました。日本は一体どうなっているのまともかよーと叫ばずにはおられません。 

2011年5月29日日曜日

加速するか 脱原発への動き

 5月11日付ブログで、原発から再生可能エネルギーへの転換に向けた論文を発表した、孫正義氏のことを紹介しましたが、氏は早速行動を開始したようです。

 5月26日付朝日新聞は、「孫氏は7月に『自然エネルギー協議会』を発足させ、当面は休耕田などに太陽光パネルを設置する『電田プロジェクト』に取り組む。これには、九州の5県など19道県が参加しており」さらに増える模様と伝えています。

 また、同新聞の5月27日付紙面によれば、「世界」6月号の孫論文を読んだ菅首相は、14日夜孫氏と3時間近く会食、首相は「再生可能エネルギーの普及を懸命にやっていきたい」と応じ、18日の会見では、電力会社の発送電分離論に言及。26.27日のG8で今後のエネルギー政策を、化石燃料と原子力の「2本柱から(自然エネルギーと節電の二つを加えた)4本柱」とし、自然エネルギーの発電割合は「2020年代の早い時期に20%にする」と表明しました。原発から脱却とはいわないものの、一歩前進ではないでしょうか。

 こうしたなか、やはり朝日新聞ですが、27日付は同紙が行った原発に関する国際世論調査の結果を発表。フクシマを契機に、米・中を除く多くの国で原発反対が増え、日本では、増やす4%、現状程度41%、減らす36%、やめる16%と、脱原発が過半数となったのが注目されます。

 ところで、太陽光などの自然エネルギー普及のカギは、「全量買い取り制」とされていますが、私が昨年自宅に太陽光パネルを設置しようとして、友人の工事屋に見積書を出してもらったところ、公的補助を入れても約200万円、IHヒーター・給湯器も設置するとざっと280万円でした。これでは、庶民には到底手が届きません。太陽光設置の流れを急速に大きくするには、原発関係の諸費用をこちらに回すなどして、設置費(初期投資)の負担を抑える必要があるのではないでしょうか。

 写真は我が家のシャクヤクです。5月20日写したものです。

2011年5月26日木曜日

あれもこれも トシのせい

 数年前から、カミサンに「耳が遠くなったねえ…」と再三いわれて、その都度耳掃除もしてもらいましたが、さしたる効果がないので、このほど耳鼻科に行ったところ、耳垢が両耳を塞いでいるとの診断。その場で左耳から黒豆のような耳垢を取り出してもらいましたが、右の耳垢は固くて除去不能。柔らかくする処方薬を自宅で点したうえ、再訪するようにと指示され、以後2回に分けて施術。その結果、聞こえが好くなったとは思いませんが、頭が軽くなった気はします。なにより、長年の懸案を解決して、すっきりした気分です。

 一方目の方。今年の初めから視力がガクンと落ちたほか、新聞や本を読んでいると、瞼がぴくぴくし始め、目がだんだん粘ついて、字が見えにくくなりました。眼科を訪ねると、慢性結膜炎の診断です。以来処方された目薬を点していましたが、一向に良くなりません。別の眼科で診てもらったところ、こんどはマイボ-ム腺異常の診立て。しかし、ここでもらった目薬を点しても同じです。意を決して、三軒目の眼科を訪ねたところ、こちらは加齢による白内障によるものではないかという。もうお手上げです。

 今年は自動車運転免許の更新の年に当たっていますが、75才以上の高齢者はあらかじめ「高齢者講習」を受けておくようにと通知が来たので、さっそく近くの自動車学校で受講しました。その結果は、さすがに認知症はないと判定されましたが、視力・記憶力・運動能力の衰えを指摘されました。要するに、かねて悩みの種の腰や膝の痛みともども、トシは争えないということです。観念して、上手に付き合っていくほかない、ということのようです。

 いよいよ雨の季節になりました。写真は陽が昇ると、花開くチリアヤメです。カミサンがエントランスにばらまいた種から芽を出して、今ではところかまわず咲きまくっています。

2011年5月11日水曜日

ちょっと嬉しい 孫正義氏の論考

 4月には、近くの山に2回登りました。畑に12回通いました。9回は草むしり、3回は堆肥の切り替えのためです。いずれも、けっこうな重労働で、1時間つづけると、汗が吹き出しがっくりきます。しかし、去年までは悩まされた強害草はドクダミだけで、カヤツリグサ(と思われる)が、今年は全然生えていないので、多少助かりました。



 このほか、3年目に入った週3回のジム通いは、各運動の負荷を減らしつつ、きっちりつづけています。山行回数が減った分は、これで補いたいのです。



 さて、写真上は4月25日に写した近所の田んぼです。一面敷きつめたように、レンゲの花が咲いていました。しかし、GWには鋤きこまれて、まもなく水が入ります。これを見るたび、東北の被災者の苦闘に思いをはせました。

 ちょっと嬉しかったのは、昨日読んだ「世界」6月号の、孫正義氏の「東日本にソーラーベルト地帯を」という論考。氏は大震災を契機に、ソフトバンクとしてのさまざまな支援のほか、個人としても 義援金100億円と代表報酬を寄付すると表明、役員報酬半額カット(残りが2,000万円余という)の「加害者」東電の強欲ぶりをあぶりだしました。





 しかし、この論考のポイントは、過酷な原発事故を契機に、原発たのみから自然エネルギー中心に転換すべきという主張です。「自然エネルギーは高くつく」というコスト論は事実に反し、アメリカでは、すでに太陽光のコストと原発コストがクロスしている。原発の地域対策交付金・核廃棄物処理コスト・事故対策費などを考慮すれば、原発コストはとてつもなく高くつく。


 また、世界の原発廃炉年数は平均して22年で、日本のように40年を超えて稼働しているのは稀。だから、廃炉の機会に自然エネルギーに置き換えるべきで、太陽光の買い取り価格を「全量買い取り、40円、20年間」にすれば、その流れは一気に進む、と概略述べています。


 財界人から、このような主張が出てきたことに、私は力を得たところです。


 下の写真は、4月29日九千部山で写した椿です。  

2011年4月21日木曜日

「登山寿命」・原発の耐用年数




 去年は、弟と木曽駒に下から登りました。上り7時間で山頂に立ち一泊、翌日下り6時間の道行です。 これですっかり自信を回復したつもりでしたが、今年に入るとさっぱり! 往復日帰り5時間を超えると、翌日以降、腰や膝が痛むようになりました。このため、病院で治療を受けたほか、すっかり出不精になって、ここのところ、山行は月1・2回、ライトな登山に限られています。

 昨日は久しぶりに近くの九千部山に登りました。3時間半で終わったせいで、気分は快適です。しかし、「山行寿命」が終わりかけているのは間違いないと自覚して、このところ、山道具を少しずつ整理しています。

 さて、福島原発についてです。「朝日新聞」が4月16.17日に実施した定例世論調査で、「原子力発電は今後どうしたらよいか」の質問には4つの選択肢があり、「増やす」5%、「現状程度」51%。対して「減らす」は30%、「やめる」は11%。2007年調査に比べて、「減らす、やめる」がやや増加したとはいえ、依然「増やす、現状」が過半数。少々驚きました。



 その原因は、マスコミ等での原発の危険性や、「代替エネルギー」の可能性についての報道・解説が圧倒的に少ないのに対して、「推進派」が大規模・執拗に振りまいている「安全神話」や、原発を減らしたり止めたりしたら、電力不足が生じて、社会と暮らしが立ち行かないという宣伝。

 上に書いた「登山寿命」でふと思い出したのは、「原発の寿命」。福島原発の1号機は、営業運転を開始して、すでに40年を経過しています。当初、原発は高温高圧、高い放射線など、過酷な影響を受けるので、「耐用期間」30年といわれていました。しかし、時期が来て廃炉にするには膨大な費用がかかるので、延ばし延ばしで使っているので、いつ大事故を引き起こしてもおかしくないという学者もおられます。そうした30年超の老朽化した原発は、国内で現在稼働中原発54基のうち、19基です。この点からも、原発は否応なく「減らす、やめる」方向に向かわざるを得ないのではないでしょうか。










 写真上は、4月4日脊振山へ向かう途中の桜。下は、20日九千部山山頂のコブシ。

2011年4月14日木曜日

小量・地域分散型エネルギー政策


 昨年5月、カミサンといっしょに四国の山を訪ねた際、愛媛県と高知県の境にある、山あいの梼原町(ゆすはらちょう)の民宿で一泊しました。外国人が同町に住み、地元の和紙や流木を使って、照明器具などを作っているのをTVで見ていたので、山行のついでに行ってみたのでした。しかし山深いところで、山行を終えて向うには、町営温泉で入湯し、民宿に辿りつくのが精一杯。「工房」行は断念しました。  

 4月11日付「しんぶん 赤旗」によれば、その梼原町は人口約4千人の林業中心の町で、5.8%の個人住宅が太陽光で426kwを発電、庁舎など公共施設と合わせた発電量は865kw。ほかに、県境の山頂で風車を回したり、梼原川の段差を利用して毎時53kwを出す水力発電所を設けるなど、太陽・風力・水力の自然エネルギーを電気に変えている、先進的な「環境の町」らしい。  

 そのうえ刮目すべきは、町の91%を占める森林の活用。町は上の売電益の一部を森林組合に投入し、50人ほどの組合員が、9年間でほぼ必要な間伐を実施。これまで使われなかった木材は、町や森林組合の工場で「木質ペレット」に加工し、公共施設の冷暖房で利用し、余分は町外にも出荷していると伝える。  

 町長は「町にある資源を生かして、住民の利便性向上につなげる『共生と循環社会』が目標」と語り、担当の町参事は「2050年までに、温室効果ガスの排出量を90年比で70%削減し、自然エネルギーによる電気自給率100%をめざす」というから、その志にこころから声援を送りたくなります。  

 福島原発の甚大な危機は依然続いて、収束の目途も立っていないのに、「環境のために原発は必要」「コストでいえば原発」などの声がちらほら聞こえてきますが、上の表のように、原発の国内立地は全国に広がっており、「フクシマ」はどこでも起こる可能性があります。(図をクリックすると、大きくなります) 

 私は今こそ原発依存から抜け出し、地域再生とリンクした、再生可能エネルギー中心の「小量・地域分散型」(「地産地消型})のエネルギー政策を目指して、舵を切るべきだと思ったところです。